知らない人のはなし
前回、謎サークルの方々だと思われる人たちに2度声をかけられたことを書いた。
あの後、また2度知らない人たちに声をかけられた。
いずれも「おいしいごはんやさんを教えてください」
3回目は女性が2人。
私は残業後で疲れていたので早く帰りたかった。
信号待ちで声をかけられる。
「おいしいごはんやさん知りませんか?」
「この辺は知らないです………」
「この辺じゃなくても、地元とかでもいいですよ!47都道府県でグルメマップ作る集まりで、いろんな方に聞いてるんですよ〜!」
「あんまり外でたべなくて…」
「コロナ前でもあんまり行ってないですか?!」
「いろんなところちょいちょいしか行ってません…」
「あ、そうですか〜」
私はなぜ、こんなところで、無駄な嘘をつかなくてはいけないのか。
信号待ちでなければ「急いでいる」で済んでいた。
一言目で、話しかけられたくないオーラを出していたと感じ取ってはもらえなかったのか。
私は3度目のこの経験から、この人たちにひどく疲れを覚えた。
さらに、「知らない人に話しかけられる」ということに以前より恐怖心さえ芽生えた。
その「恐怖」は、「避けるために嘘をつかなければならない状況に陥ることへの恐怖」なのだと思う。
私は小さい頃、嘘をつくとそこからさらに嘘を隠すための嘘が生まれていくこと、どんどん気が重くなることを経験してから、嘘をつくことが大嫌いになった。
避けるためとはいえ、嘘をつくのは極力避けたいと思っている。
ただ、この恐怖は私の中に侵食しているようで、一人で街を歩くのも少なからず怖くなっている。
自分の方面に歩いてくる人さえも怖い。
この日から、できるだけ人と目を合わさずに少し下を見て歩くようになった。
4回目に声をかけてきた人のこと。
信号待ちの向かいに男女2人組。
すでに怪しかったのでイヤホンをつけ、下を向き、青信号になった瞬間かなりの早歩きで駅へ向かった。
横断歩道を渡り切って少しすると、後ろから声をかけられているような気がした。
何か落としたかな…?と思ってイヤホンを外して振り向く。
さっき信号待ちの向かいにいた女の人が走ってきていたらしく、声をかけられた。
「おいしいごはんやさん知りませんか?!」
「急いでいるので…」と言って逃げる事はできたものの、どうしてそんなに必死なのか。
走ってまで絶対私に声をかけないといけないのか。
早歩きで駅に向かっている時点で「急いでいる」と感じ取ってはもらえなかったのか。
私の中に謎と恐怖が入り混じった。
私はどうすればこの人たちから安心して逃げられるのか。
そもそも、これまで私に声をかけてきた人たちは同じ団体の人なのかもわからない。
避けるために、わざわざ駅の違う入り口まで遠回りしないといけないのか。
もうすこし、人の様子を感じ取ってほしいなと思う。
さすがに「急いでいる様子」くらいは……
自分のためだけにとる行動は、人を傷つけたり、不安を与えることがあるかもしれない。
私も人の様子をよく見て行動するようにはしているけれど、より一層気をつけようと思った。
今日はちょっぴり嫌な話になってしまった。
次は嬉しい話を記録できたらいいな。